約1億6千万年前――霧と湿地に覆われたヨーロッパの群島。
木立の間を、のっそりと歩く草食恐竜がいました。背に並ぶ骨の板が、朝の光を鈍く反射する。
その名はレクソヴィサウルス(Lexovisaurus)。
ステゴサウルス類の祖先に近い、まだ原始の鎧をまとった古竜です。
中期ジュラ紀という“進化の狭間”を生き抜いた彼らの姿は、まるで「恐竜時代の記憶の断片」のように、今も地層の奥で静かに息づいています。
レクソヴィサウルス(Lexovisaurus)の基本情報と特徴
| 属名 | Lexovisaurus |
|---|---|
| 種名(種小名) | L. durobrivensis(再分類の議論あり) |
| 分類 | 鳥盤類 > 装盾亜目 > 剣竜下目(ステゴサウルス類) |
| 生息時代 | 中期ジュラ紀(約1億6,600万年前) |
| 体長(推定) | 約6メートル |
| 体重(推定) | 約2トン |
| 生息地 | イギリス、フランス(ノルマンディー地方) |
| 食性 | 草食 |
| 発見 | 1957年、R. ホフステッターによって命名 |
レクソヴィサウルスは、ヨーロッパに生息していたステゴサウルス類の初期形態を示す恐竜です。
背中には骨板(プレート)、尾にはスパイク状のトゲを備え、小型ながらも防御的な体構造を持っていました。
のちに登場するステゴサウルスのような巨大な背板はなく、より地味ながら「原始の鎧竜」と呼ぶにふさわしい姿でした。 彼らの存在は、ステゴサウルス類がどのようにヨーロッパで進化していったのかを知る重要な手がかりとなっています。
レクソヴィサウルスの発見と命名の歴史
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レクソヴィサウルスの物語は、19世紀のイギリスから始まります。最初に発見された骨の一部は、当初「オモサウルス(Omosaurus)」という別属に分類されていました。しかし20世紀半ば、この標本がステゴサウルス類に属する新たな恐竜であることが指摘されます。 1957年、フランスの古生物学者ロベール・ホフステッター(Robert Hoffstetter)は、ノルマンディー地方で発見された骨格標本をもとに、新属「レクソヴィサウルス(Lexovisaurus)」を命名しました。
その名の由来は、ガリアの古代ケルト部族「レクソウィイ族(Lexovii)」です。彼らが暮らしていた地域――現在のフランス・カルヴァドス県――こそ、この恐竜の化石が見つかった地でした。 1980年、P.M.ガルトンらによる研究(Galton et al., 1980)では、ノルマンディーのアルジャンス層からほぼ完全な骨格が報告され、ステゴサウルス類の初期進化を理解する重要な手がかりとなりました。
その後、一部の標本は他の属(ロリカトサウルスなど)へ再分類される動きもありましたが、「レクソヴィサウルス」という名は、今なお“ヨーロッパ最古の鎧竜”として古生物史に残り続けています。
発見場所:フランス、カルヴァドス県アルジャンス
中期ジュラ紀のステゴサウルス類 Lexovisaurus の化石は、フランス北西部ノルマンディー地域、カルヴァドス県アルジャンス(Argences)付近の地層から発見されました。
この地は、かつて浅海や湿地が入り混じる群島状の地形で、恐竜のみならず海棲爬虫類・魚類の化石も同じ層から確認されており、1億6千万年前の生態系を映す貴重なフィールドです。
鎧の秘密 ― レクソヴィサウルスの防御構造と生存戦略
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レクソヴィサウルスの最大の特徴は、その背を覆う骨板(プレート)と尾に備わったスパイク(ステゴマイザー)です。 背板はステゴサウルスほど大きく発達しておらず、小さな板状の骨が背骨に沿って控えめに並んでいました。配置は左右非対称で、板の間には皮膚が張られ、まるで“生きた鎧”のように見えたと考えられています。
尾のスパイクは2〜4本で、捕食者を威嚇する武器として進化しました。筋肉の付着痕からは、尾を大きくしならせて一撃を加える力があったことが示唆されています。 また、骨板には血管が通っていた痕跡があり、体温調節の役割や、求愛・威嚇時に血流を増やして赤く輝かせた可能性もあります。
ステゴサウルスのような華やかさはなくとも、レクソヴィサウルスの鎧は“原始の完成形”でした。 それは、ただの防具ではなく「生命が創り出したデザイン」。 彼らは、捕食者との静かな緊張の中で、鎧という進化の美を身にまとって生き延びたのです。
レクソヴィサウルスが生きた中期ジュラ紀ヨーロッパの環境
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レクソヴィサウルスが暮らした約1億6,600万年前――中期ジュラ紀のヨーロッパは、今とはまるで違う姿をしていました。 大陸はまだ分裂途中で、現在のフランスやイギリスは浅い海に囲まれた群島でした。温暖湿潤な気候のもと、シダやソテツ、針葉樹が茂り、低地には湿地が広がっていました。
この環境の中で、レクソヴィサウルスはシダや低木の葉を食む草食恐竜として生きていました。彼らの歯は鋭くなく、植物を噛み切るために適した形状で、長い首を使って地面近くの植物を食べていたと考えられます。 周囲には、同時代の肉食恐竜メガロサウルスや、巨大な竜脚類カマラサウルス類が生息し、食物連鎖のバランスが保たれていました。
霧に包まれた森の中、鎧をまとった彼らは群れで動き、湿った大地をのっそりと歩いていた―― その光景は、まるで「恐竜たちの黎明」を映す一枚の絵画のようです。
FAQ(よくある質問)
まとめ ― 鎧をまとう欧州の古竜が語るもの
レクソヴィサウルスは、ステゴサウルス類がまだ黎明期にあった頃――ヨーロッパの森を歩いていた「原始の鎧竜」でした。 その背を覆う骨板と尾のスパイクは、彼らの生存戦略であり、同時に“生命が創り出した芸術”でもあります。
彼らの骨が語るのは、ただの古代の記録ではありません。 それは、進化の連なりの中で、命が自らを守り、誇示し、繁栄を夢見た物語です。 霧の森を進むその足跡は、1億6千万年の時を越えて、僕たちの想像の中に再び息を吹き返します。
出典・参考文献:
Wikipedia「Lexovisaurus」
Galton, P.M. et al. (1980) Bulletin de la Société géologique de Normandie
福井県立恐竜博物館資料等

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