約1億5000万年前。ヨーロッパの大地がまだ湿った緑に覆われ、巨大なシダが風にざわめいていた時代。
その大地を、ゆっくりと、しかし確かに揺らしながら歩く巨竜がいた。
——トゥリアサウルス。
その名が初めて学界を震わせたのは、2006年。スペインのリオデバという小さな町の地層から、巨大な骨が姿を現した瞬間だった。
それまで「ヨーロッパには南米のような超大型竜脚類はいなかった」と信じられていた常識を、一瞬で塗り替えた発見だったのです。
体長30メートル、体重40トンを超える巨体。
恐竜黄金期のヨーロッパに、これほどの“王者”が存在したとは誰も思わなかった。
今回は、そんなトゥリアサウルスという巨竜の素顔に、科学と想像の両面から迫っていきましょう。
トゥリアサウルス(Turiasaurus)の基本情報と特徴
| 属名 | Turiasaurus |
|---|---|
| 種名(種小名) | T. riodevensis |
| 分類 | 竜脚類 > 新竜脚類 > トゥリアサウルス科(Turiasauria) |
| 生息時代 | ジュラ紀後期(約1億5000万年前) |
| 体長(推定) | 約30メートル |
| 体重(推定) | 約40〜48トン |
| 生息地 | スペイン(アラゴン州テルエル県リオデバ) |
| 食性 | 草食 |
トゥリアサウルスは、これまでに知られるヨーロッパ最大級の恐竜です。
スペイン・テルエル県リオデバで発見された化石から、全長約30メートル、体重は40トンを超えると推定されています。
その長い首と頑丈な四肢は、シダや針葉樹の枝葉を食むのに適しており、低木から高木までを自由に食べ分けていたと考えられます。
また、トゥリアサウルスは「トゥリアサウルス科(Turiasauria)」という独自の系統を代表する恐竜であり、アフリカや南米で進化したブラキオサウルス類とは異なる特徴を持っていました。
肩の位置が低く、首がやや水平に伸びていた点は、ヨーロッパの湿潤な森林環境に適応した証といえるでしょう。
その存在は、かつて「ヨーロッパには巨竜はいなかった」という科学の常識を覆し、新たな恐竜進化の地平を切り開いたのです。
トゥリアサウルス(Turiasaurus)の発見と研究の歴史
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2003年、スペイン・アラゴン州テルエル県リオデバの乾いた赤土の丘で、地元の古生物チームが巨大な骨片を発見しました。
それは、当初ただの竜脚類の一部と思われていましたが、発掘が進むにつれ、その規模の異常さが明らかになっていきました。
2006年、スペインの古生物学者ラファエル・ロヨ=トーレス(Rafael Royo-Torres)らの研究チームがこの標本を正式に記載。
新属新種として「Turiasaurus riodevensis(トゥリアサウルス・リオデベンシス)」と命名しました。
「トゥリア(Turia)」とは、発見地に近いトゥリア川(Río Turia)に由来します。
この発見は、同年の『Science』誌(Royo-Torres et al., 2006)に掲載され、世界中の古生物学者を驚かせました。
というのも、それまでの常識では「ヨーロッパに超大型竜脚類はいなかった」と考えられていたためです。
しかし、トゥリアサウルスの骨格はそれを一変させました。肩甲骨だけで約1.5メートル、上腕骨は1メートルを超える巨大さ。
この発見により、「トゥリアサウルス類(Turiasauria)」という新しいグループが提唱されました。
さらに2021年には、Royo-Torresらによる新たな研究(Zoological Journal of the Linnean Society)によって、トゥリアサウルス科の進化的位置が再評価されました。
その結果、このグループは南米の竜脚類とは異なる独自の系統であり、ユーラシア大陸で独自に進化した巨竜たちである可能性が示されています。
まるで、大陸の記憶が化石となって蘇ったかのように。
トゥリアサウルスは、ヨーロッパの恐竜研究に新たなページを刻んだのです。
発見場所:スペイン・テルエル県リオデバ
トゥリアサウルスの故郷ともいえるリオデバ(Riodeva)は、スペイン北東部・アラゴン州テルエル県に位置する小さな町です。
標高およそ900メートル、周囲を赤い砂岩層が取り囲む静かな山間地帯。
この土地の地層はジュラ紀後期〜白亜紀初期のもので、恐竜や植物、古代爬虫類の化石が多く発見されています。
発掘現場「Riodeva Quarry」からは、トゥリアサウルスの脊椎骨、肩甲骨、四肢骨などがほぼ完全な形で見つかりました。
骨の保存状態は極めて良好で、乾燥した地層と石灰質の堆積がその姿を守っていたのです。
現在、この地には「ディノポリス・リオデバ(Dinópolis Riodeva)」という博物館が建てられ、
トゥリアサウルスの全身復元骨格が展示されています。高さ10メートル、全長30メートルを超えるその姿は、まるで古代の大地が目を覚ましたかのような迫力です。
訪れた人々は、かつてこの地に生きた巨竜の息づかいを感じ取ることができます。
その光景は、「時間」という概念を超えて、生命のスケールを思い出させてくれるのです。
トゥリアサウルスの体の構造と生態
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トゥリアサウルスの体は、まさに“動く山”と呼ぶにふさわしいものでした。
30メートルを超える全長と40トンを超える重量を支えるため、四肢は柱のように太く、骨は密度が高く頑丈にできていました。
とくに前肢と後肢の長さがほぼ同じであることから、首を高く上げるブラキオサウルス型とは異なり、やや水平に首を伸ばし、地表や中層の植物を効率的に食べていたと考えられています。
歯はスプーンのような形状をしており、シダ類や針葉樹の若芽をすくい取るのに適していました。
胃の中には、摂取した植物をすりつぶすための「胃石(ガストロリス)」が存在したと推測され、トゥリアサウルスは巨大な体を維持するために、一日に数百キロ単位の植物を食べていた可能性があります。
また、骨の構造や神経系の痕跡から、体の末端まで血液を循環させるための発達した心臓と血管系を持っていたと考えられています。
その巨体を動かすたび、地面はわずかに振動し、乾いたジュラ紀の風が巨竜の皮膚を撫でていた――
そんな情景を想像すると、彼らが単なる「化石」ではなく、確かに“生きていた”存在であったことを思い出させてくれます。
トゥリアサウルスは、広大な湿地帯を群れで移動していた可能性もあります。
その行進は、大地をゆっくりと震わせる“生命のリズム”そのものでした。
トゥリアサウルスが語るヨーロッパ恐竜の進化
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トゥリアサウルスの発見は、ヨーロッパ恐竜の進化史を根底から書き換えるものでした。
かつてヨーロッパは「恐竜の辺境」とされ、大型種の化石はほとんど知られていませんでした。
しかしトゥリアサウルスの出現は、この地にも独自の巨大竜脚類が進化していたことを示しています。
研究によれば、トゥリアサウルス科(Turiasauria)は南米やアフリカの竜脚類とは系統的に異なり、パンゲア超大陸が分裂を始めた後、ヨーロッパで独立して進化を遂げたグループとされています。
つまり、地理的な隔離が「独自の巨竜」を生み出したのです。
このことは、当時の地球がまだ“分断されきっていない”時代だったことも物語っています。
アフリカ、アジア、ヨーロッパの陸橋を通じて種が交流し、気候や植生の変化に応じて多様な適応を遂げていた。
その中で、ヨーロッパという“狭い舞台”において、トゥリアサウルスは独自の進化戦略を選び取ったのでしょう。
彼らはただの巨大生物ではなく、「ヨーロッパ大陸の記憶」を体現する存在。
その骨に刻まれた形態は、大陸移動と進化のドラマの証人なのです。
トゥリアサウルスを通して見るヨーロッパの恐竜たちは、もはや“脇役”ではなく、地球史の重要な主役の一つに数えられるべき存在といえるでしょう。
トゥリアサウルスの化石展示と博物館情報
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トゥリアサウルスの壮大な姿を今に伝える場所――それが、スペイン・アラゴン州テルエル県にある「ディノポリス・リオデバ(Dinópolis Riodeva)」です。
この博物館は、実際に化石が発掘された現地に建てられており、館内には全長30メートルを超えるトゥリアサウルスの全身復元骨格が展示されています。
展示室に足を踏み入れると、まずその圧倒的なスケールに息を呑みます。
天井まで届く首、巨岩のような脚――まるで1億5000万年前の大地が、そのまま姿を取り戻したかのよう。
骨格の横には発掘現場の模型や、化石が見つかった地層の断面展示もあり、科学的な背景も詳しく学ぶことができます。
また、ディノポリス・リオデバはスペインの「Dinópolis」ネットワークの一部で、同系列の本館(テルエル市内)には、他の竜脚類やヨーロッパ産恐竜の標本も展示されています。
恐竜好きなら、この地を訪れずして“ヨーロッパの巨竜史”は語れません。
所在地:Riodeva, Teruel, Aragón, Spain
公式サイト:https://www.dinopolis.com/riodeva
FAQ(よくある質問)
まとめ
トゥリアサウルスは、単なる巨大恐竜ではありません。
それは「ヨーロッパの大地にも、巨竜はいた」という証明であり、恐竜進化史の空白を埋めた“時代のメッセンジャー”でもあります。
2003年の発見から20年余り、スペインの赤い砂に眠っていた骨は、今や世界中の博物館や論文で語られる象徴的存在となりました。
その姿は、科学がまだ知らない時代の鼓動を私たちに思い出させてくれます。
彼らが歩いた地層の上に、今、僕たちは立っています。
大地の記憶を辿るように、あなたもいつか、リオデバの風を感じてみてください。
参照・引用元:
・Royo-Torres, R., Cobos, A., & Alcalá, L. (2006). A giant European dinosaur and a new sauropod clade. Science, 314(5807), 1925–1927. https://www.science.org/doi/10.1126/science.1132885
・Royo-Torres, R. et al. (2021). Origin and evolution of turiasaur dinosaurs set by means of a new ‘rosetta’ specimen from Spain. Zoological Journal of the Linnean Society, 191(1), 201–230. https://academic.oup.com/zoolinnean/article/191/1/201/5900936

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